最初に申し上げておかねばならないことがある。この『試験でる英単語』は引退しているかもしれない。アマゾンでチェックしたところ、「新品」ではなくなっていた。(2026年6月 現在)とはいえ、大量に国内に存在していると思われるので、中古でも手に入らなくなるということはないだろう。なにしろ、1856刷、1488万部も出たのである(注1)。 この本をロングセラー本の中に加えたのは、一も二もなく、単純に読みものとしても面白いからである。本書はもちろん単語集の形をとっているわけだが、合間に小ネタのような読み物が挟まっている。これが楽しいのだ。まるで、隅まであんこのつまった鯛焼きのようである。
ロングセラーの回で、作者の森一郎がもし理系の研究者あるいは技術者だったら、どでかい業績をあげたかもしれないと述べた。このことを説明したい。英単語本では、この本以前には、赤尾好夫の『英語基本単語熟語集』(旺文社 1942)があり、単語集では絶大な人気で、通称、赤尾の「豆単」の愛称で親しまれていた。今回入手(1950年改版本)してみると、毛沢東語録のような赤い小さな冊子であった。「ときおえぼ世界史」というブログの『赤尾の豆単とは何だったのか? 伝説の英単語集の金字塔の栄光と転機』(2025年7月12日)で、TETSUYA氏は、豆単はポケットサイズなのに7768語もの単語を収録、何度も改訂し、ピークは1966年(昭和40年)ごろだったとまとめている(注2)。
この豆単は、ソーンダイクというコロンビア大学教授による使用語彙の調査結果にもとづいて、英単語の選定がおこなわれている。この調査は、日本でいう中学2,3年生程度の学力のあるアメリカ人がどのくらいの英単語を知っているかを、教科書、新聞、実用書など41種の図書から約2万語抽出した。さらに使用頻度に応じて英単語の統計表(20ランク)を作成した。だから豆単掲載の単語には、Thorndike(ソーンダイク)のTと、最も使用頻度の高い1~500番目までだったら、1aなので、「T1a」などの記号がつけられている。この英単語の選出にみなが納得し、覚え込んだわけである。三島由紀夫の『午後の曳航』で、主人公が「abandon」を覚えるシーンがあったと記憶するが、abandonは、豆単のaについで二番目に出てくる単語なので、豆単を使っていたことが想像される。というより、三島も東大受験に豆単を使っていたのではないか?
赤尾好夫は旺文社をつくるまえは、都立日比谷高校の英語教師だったそうだが、森一郎も日比谷高校の教師である。その森が、豆単の英単語選出に敢然と異をとなえる。まさにジャイアントキリングに乗り出すわけだ。
受験生が相手にするのは、入試英語である。ソーンダイクの英単語の中には、入試英語に使われていない単語がかなり混じっているのではないかと考えた。つまり、森の言葉を借りれば、入試には「犬とねこがけんかして、ねこが、ついに犬の耳をかみ切ってしまった、というような愚にもつかない」内容のものは出題されない。もっと、知的で、抽象的なものが選ばれている。話はそれるが、英語の問題集に、『英文標準問題精講』(原仙作 旺文社)というのがあり、初版はなんと1933年である。いまなお現役の問題集で店頭に並んでいる。例題文にバートランド・ラッセルから14題,サマセット・モームから7題、そのほかEMフォスター、サミュエル・バトラー等々格調の高いものばかりである。
そして、森は常人ばなれした行動に出る。明治35年以降の70年間の入試英文を何年もかけて調査し、使われている単語の頻度を調べ上げたのである。その結果、「豆単」にはtechnologyなどの入試ではでている英単語が抜け落ち、逆にでたことがないものが載っていることに気がつく。それの洗い出しをおこなったのである。
さらに、文中のある一語の意味がわからないと、問題文全体の把握が困難となる単語(キーワード)の存在があることをつきとめた。そればかりではない。Speciesという単語は、「種、種類」という訳語で英単語集にのっているが、入試英語の場合、the speciesあるいは our species という形で「人類」の意味で使われていることが圧倒的であることがわかった。だから、この本ではspecies の訳語は「人類、種」となっている。
森は、キーワードとなる単語を品詞別に重要度順にならべている。これは、森が、教えていた生徒がaからはじまる英単語はよく覚えていることに気がついたからである。訳語は一つ程度という原則をたてた。そして、数は1800語程度、豆単の4分の1以下である。この本は、豆単にくらべ、二回りも大きい新書サイズだったが、登場してから、売れに売れたわけである。(つづく)
(注1)『英語ベストセラー本の研究』(朝山陽一 GS幻冬舎新書 2008) p.67 日本人の9人に1人がこの本を購入したという。
(注2) 「ときえぼ世界史」 TETSUYA https://english-samurai.com/?p=10570 2025年7月12日「『赤尾の豆単とは何だったのか?/伝説の英単語集の金字塔の栄光と転機』

上の写真の赤い本が『赤尾の豆単』
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